衛宮さんちの今日のごはんが尊かった
人間年をとると、大河ドラマや演歌が沁みるようになると言います。ところで、アニメ好きの人の場合には、その変化が少し違っていて、バトル→日常系みたいな変化があるのではないでしょうか。学生の頃はバンバン人が死んで、血が流れるアニメが好きだった人も、段々とまったりした山もなければ谷もない穏やかなアニメを求めるようになるのかもしれません。
私は高校生の頃にFate/zeroのアニメでFateシリーズをしったニワカで、ufo table版のFateしか知らないのですが、そんな私が見ても『衛宮さんちの今日のごはん』は面白かった。いや尊かったです。
アレンジや脳内補完などの手を加える気もなくなるような崇高さ。また、妄想とか興奮とかいったものをすっ飛ばして、ただずっと見ていたいと感じさせる高貴さ。 (オタク的用法での尊いという言葉の意味について) *1
もちろん、オタク的意味だけでなく、辞書を引けば出てくる正規の日本語の意味としもこの作品は尊かったです。
stay nightでは己の欲のために聖杯をかけて血なまぐさい戦いを繰り広げたマスターやサーヴァントたちが一つのテーブルを囲んでおいしそうな料理に舌鼓を打つ。なんと素晴らしい光景でしょうか。そこには血も奸計も因縁もないのです。
温かいものを食べて、心と体を癒やしたくなるすばらしいご飯系アニメでした。
アナログハックを心理学的に考えてみる
アナログハックとは
アナログハックは、『BEATLESS』に登場する造語です。作品の公式設定サイトともいえるAnaloghack Open Resouceでは次のように説明されています。
アナログハックとは、「人間のかたちをしたもの」に人間がさまざまな感情を持ってしまう性質を利用して、人間の意識に直接ハッキング(解析・改変)を仕掛けることです。*1
アナログハックは、簡単にいうと、人間の形をした物体や絵などに心を動かされてしまうことという意味になります。
例えば、
他にも、工事中の看板にただ「ご迷惑をお掛けしています」と書かれるよりも、一緒に頭を下げる作業員の絵がある方が、工事者が申し訳なく思っていると感じるものなどがあります。 アナログハックという言葉はフィクションの造語でも、そのような現象があることは、経験的に理解しやすいものです。
心の理論
アナログハックの肝ともいえる「人間がさまざまな感情を持ってしまう性質」とは如何なるものでしょうか。この現象が我々生きる人間で起こる以上、その仕組みは説明できるはずです。
アナログハックの仕組みとして候補に挙げられるのが、「心の理論」と呼ばれる心理的なモジュールです。
心の理論とは、他者の心を類推し、理解する能力である。*2
専門家が編集する脳科学辞典の定義が予想外にシンプルだったので、心の理論の発達を測るのに使用される誤信念課題*3の1つであるサリー・アン課題を例に説明します。
次の画像をご覧ください。
サリーはどこを見るでしょうか? 正常な子供であっても3-4歳児は、間違った回答をしてしまいます。第三者である自分の視点で問題を考えてしまい、サリーの視点で考えることが行えないからです。心の理論とは、サリー・アン課題では、サリーの視点から考える、つまり、自分ではない他者にも心があり、他者の得た情報を推測、その心の動きを理解する能力です。
心の理論は、人間が人間に対して使うだけではありません。動物などに対しても適用されているのは、ペットを飼っていない人であっても想像に難くないはずです。テレビの動物番組で動物の気持ちのナレーションなどもその一例です。
3.アナログハックの仕組み
ところで、私たちが他者の心を想像するとき、相手の心の動きを一々考えるでしょうか。誤信念課題をさせられた時や他者が自分の意図しない行動をとった時には、頭を使い分析的に相手の心の動きを検討するでしょう。しかし、他者の心を考える際でも一々考えない場合もあります。同情や共感といった感情=相手の心の推測は無意識的自動的に行われるものです。
心の理論の観点からアナログハックの仕組みを考えてみます。「人の意識をハッキングする」ためには、1.人間の心の理論にとって判断を下しやすいシグナル(動作や表情)を発する必要があります。そして、2.その判断に基づいた特定の行動を誘発させることがアナログハックであると説明できます。例えば、Baidu IMEであれば、1.悲しげな表情のキャラクターによって、ユーザーに悲しんでいる/申し訳なく思っているといった判断をさせ、2.アンインストールを中止させるという行動を引き出そうとしていると見ることができます。
*1:Analoghack Open Resoucehttps アナログハック https://www63.atwiki.jp/analoghack/pages/8.html
*2:脳科学辞典 心の理論 https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E5%BF%83%E3%81%AE%E7%90%86%E8%AB%96
*3:心の理論のみならず言語能力と密接な関係があるとの指摘もある。
世の男はすべてロリコン予備軍である。「allo, toi, toi」の論理
2018年冬アニメ『BEATLESS』は、長谷敏司先生の同名の小説を原作としていますが、先生の作品の中には題材と描写がアウト過ぎて、おそらくアニメ化不可能な作品があります。
それが、ロリコン殺人犯が主人公の短編「allo, toi, toi」です。
ネット上で本作の考察や批評を見てみると、「言語の曖昧さが導く好きの誤認」という部分ばかりが大きく取り上げられ、小児性愛者で殺人犯という特殊な主人公を延長し、男=ロリコン予備軍という結論に帰結するこの小説の論理があまり語られないように思います。
当時、児童ポルノ法の改正議論がわりと乱暴な論理展開で進んでいて、ここを逃すと書く機会がないかもしれないとこういうテーマにしました。 (中略) 報道やネットワークなどでしばしば害あるものとして扱われる、いわゆるロリコンについて、嫌悪感を感じるかたに個人的にはおすすめしたい短編でもあります。そこには人間しかいないのです。*1
そこで、この記事では、「allo, toi, toi」の奇妙な論理展開を見てみたいと思います。
「allo, toi, toi」の設定についてはアニヲタWiki様の記事に詳しく書かれています。
1.ダニエル・チャップマンという特殊事例
「allo, toi, toi」の冒頭では、チャップマンの犯罪の概要について語られます。
舞台は2090年、8歳の少女メグ・オニールを誘拐し殺害したチャップマンが「allo, toi, toi」の主人公です。
はじめは、メグを殺害し、死体をバラバラにして遺棄した小児性愛者という極めて凶悪で卑劣な人物としてチャップマンは読者に提示されます。
しかし、2ページ目では、被害者の顔見知りであるという点で、チャップマンは、小児性虐待を行う集団として最も大きなグループに属し、かつ、児童にも成人にも性的興味を示すという点で、小児性犯罪者の内で最もありふれた群に入ることが示されます。
この時点で、チャップマンは児童の殺害、死体損壊、遺棄を行った特殊な人物でありつつも、小児虐待を行う者、性的な嗜好についてはマジョリティに属することが指摘されます。
2.ごく普通の男としてのチャップマン
自分がどんな人間かと問われれば、平凡そのものだとチャップマンは答える。*2
チャップマンの犯した罪の説明が終わると、最も「卑劣な犯罪」を犯した犯罪者として刑務所の最下層のカーストで生活するチャップマンの姿が描かれます。
そんな生活に苦しめられるチャップマンは、ニューロロジカル社が開発したITPという技術を応用して、脳内に本人の思う理想の少女の幻想(アニマ)を見せることで、実際の性犯罪を防止する技術の被験者となります。そして個室とテレビというささやかな見返りを貰います。
三次元ビデオカメラの宣伝に、五歳くらいの少女が芝生の庭で色とりどりの風船を追いかける映像が使われていた。膝上までしかないワンピースの裾が、太ももでけるように弾んでいる。親には子どもの記録を取りたい欲望を、独身の男性には少女への劣情を掻き立てさせる、巧妙な手管だ。 「子どもがどんなに魅力的か、おまえたちはみんな、わかっていないふりをするんだ。ガソリンのタンクを持って火遊びをしているようなもんだ。かならず火事は起こる」 チャップマンは平凡な男だから、テレビを見ていると、自分の道徳で世相を切るようなひとりごとをつぶやく。*3
ここで描写されるチャップマンは、視聴する番組を除けば、ごく普通の人間です。私達もテレビを観ていて、ワイドショーで取り上げられる残虐の事件の犯人やバラエティの過激な企画に対して批判をすることはあるのではないでしょうか?
また、チャップマンのセリフも示唆的です。殺人犯の弁明としては責任を放棄する最低の言葉ですが、「子ども=尊く魅力的な存在」という社会的観念を誤認することで、誰もが小児性愛者になりかねないことを暗示しています。
3.なぜ子どもを性的に「好き」になるのか?
リチャード・ゲイは、ニューロロジカル社の科学者で、チャップマンとITPの観察と評価を行っています。 刑務所での面会において、リチャードから小児性愛を生み出す脳の仕組みについて語られます。 その仕組とは、子どもは素晴らしいものだという社会的な「圧力」を人の脳が社会的に望ましい「好き」と性的な「好き」に分化させられなかったというものです。この分化を上手く行えると、子どもを慈しむ正常な人間となりますが、失敗すると、社会的、生物学的に望ましくない子どもへ性的魅力を感じるロリコンになるのです。
4.分化の失敗はいつでも起こりえる
「allo toi, toi」の終盤、リチャードが自らの娘と向かい合う場面で、彼は、自分が「好き」の分化に失敗仕掛けていることに混乱します。
意識すらしないうちに、ごく自然に、引き寄せられるようにしゃがみ込んで、子どもと視線を合わせていた。娘の、妻に似た一途な切れ長の目を覗き込んでいた。 チャップマンに接近しているように思えた。だから、この瞬間、娘がそばにいる状況がただ怖かった。*4
結婚し、娘のいる正常なはずのリチャードが、好きの誤認というエラーを起こそうとすることで、この小説の主題、すなわち男はすべてロリコンになる可能性を秘めているという主張が完成するのです。
まとめ
「allo, toi, toi」はダニエル・チャップマンという一見すると特殊な小児虐待者を例に、小児性愛が脳のエラーによって起こる社会的な病であり、どの男性にも生じ得るものとして描こうとしていると思われます。
さて、話は変わりますが、そんなヤベー小説を書く人(いい意味で)が単行本二段組約650ページを費やしたのが、小説『BEATLESS』です。 この記事を読んで興味を持った人は、ぜひアニメと小説の『BEATLESS』にも興味を持っていただければ嬉しいです。
*1:青灰色blog(移行版)(SF短篇集『My Humanity』あとがき http://blog.livedoor.jp/sat_hase/?p=2
*2:『My Humanity』 p83
*3:『My Humanity』 p84-85
*4:『My Humanity』 p155-156
鍵村葉月から見る発達障害
アニメキャラクターの発達障害「傾向」
NHKで特集が組まれたり、関連する書籍が多く出版されるなど社会的な関心が高まっている発達障害ですが、アニメのキャラクターの中にもそれらしい傾向を持つ人物がいます。
2018年冬アニメにも発達障害の可能性が高そうなヒロインが現れました。それが『メルヘン・メドヘン』の主人公、鍵村葉月です。
この記事では、はじめに発達障害っぽさのあるキャラクターの先例を挙げ、次いで、鍵村葉月の行動を見ながら、彼女の持つ発達障害傾向について考察していきます。
発達障害は大きく分けて3つのカテゴリーに分類されますが、そのなかの1つであるADHD(注意欠陥・多動性障害)は、衝動性の高さという特徴を持つ場合があります。ロボット物の主人公を思い浮かべてみると、彼らは自分の思いつきを抑えられず、たびたび作戦や命令に背きますが、これは「衝動性の傾向が高い」と見ることも出来ます。
また、『NEW GAME!』のねねっちこと桜ねねも社内の冷蔵庫にあった誰のものかわからないプリンを食べる、部署が違う青葉に勝手に会いに行くといった衝動性、体を引っ掛けてPCのコードを抜くといった不注意からブログや2ちゃんねるではADHDを疑われていました。
もちろん、こうした傾向が見られるだけで、発達障害と診断されるわけではありません。診断には個々の障害傾向も重要ですが、何よりも当事者がその傾向でどれだけ困っているかというのが大切な指標になります。
鍵村葉月の学校生活
さて、放映が始まった『メルヘン・メドヘン』ですが、序盤から、可愛らしい見た目に反して鍵村葉月の学校生活はかなりのぼっち生活ハードモードであることが明らかになります。
そして、彼女の前に現れる日常生活上の困難は、PDD(広汎性発達障害)とADHDによるものだと考えられます*1。 以下に、その根拠を述べていきます。
1.友達がいない
鍵村葉月には友達がいない。少ないとか、極僅かしかいないとか、微妙な関係の相手はいるがそれを友達と呼んで良いのか分からないとか、そんな生易しいレベルではなく(中略)本当に完膚なきまでに、ただの一人も友だちがいない。*2
「ひたぎクラブ」の阿良々木くん以下です。鍵村葉月は、高校に友人が一人もいないことを自らモノローグで丁寧に説明してくれます。 PDDの特徴の1つとして「空気が読めない」「共感性の乏しさ」といった社会性の障害が挙げられますが、他者の感情の機微を捉えられないことが、彼女が高校生活で友人関係を築けていない理由として考えられます。
2.コミュニケーションが上手に取れない
教師に叱られて職員室を後にしたところで、鍵村葉月は同級生三人から、「あんたまた呼び出されたの?」とからかわれます。 十分なコミュニケーション能力を有していれば、冗談でも言って切り抜けるところですが、彼女にはそんな器用なことは出来ません。 迷惑を掛けた訳でもない相手に、冷や汗をかきながら「ごめんなさい」と何度も謝り、その場に堪えきれず逃げ出してしまいます。 PDDは、相手の表情や仕草から相手の感情を上手に察することが出来ないため、しばしば会話が紋切り型のセリフになってしまったり、求められている回答とはズレた返事をしてしまいます。
3.不注意傾向
教室で頬杖を付きなら、友達がいないというモノローグをしている最中、教師から指名された鍵村葉月は指示を聞き逃してクラスメイトの注目を集めてしまいます。
また、職員室に呼び出され、授業に集中出来ていないことを教師から重ねて指摘されます。 ADHDの特徴に興味のないものに注意を集中することが困難な不注意傾向があり、今回の失敗はこれに該当します。
4.物語への没入傾向
発達障害者にまれに見られる特徴として、アニメ、漫画などの架空の物語への没頭があります。
私には悪い癖がある。嫌な事や辛い事があると、私は本の物語の世界に逃げ込む。*3
おそらく、充実した人間関係を築きたいという欲求を持つものの、現実での人間関係ではそれを実現できないために、傷つくことのない、より安全で安心な物語の世界でその欲求を解消していると思われます。
魔法の世界ー環境を変えるー
1話の後半で鍵村葉月は、あるきっかけで右も左もわからない魔法の世界へ飛び込みます。 そこでは、温泉に入ったり、全裸(本あり)で武器を持った赤髪少女に追い回さるなど学校生活にも増して大変な状況に陥りますが、最後にはなぞの少女に介抱され、魔法の世界の学園長から期待される場面があります。
どんな人には向き不向きがあります。ある場所では普通の能力しか発揮できなかった人物が環境が変わることで非常に優秀な人物になることは珍しいことではありません。 発達障害者は、向き不向きの差が非常に激しいため、置かれた環境によって定型発達者(健常者)以上に疎まれることもあれば、大きな戦力になることもあります。 1話の時点では、規律が重んじられる現実世界の学校生活に鍵村葉月はうまく溶け込めていませんでした。しかし、環境ががらりとわかる魔法の世界では、秘めた能力を発揮して大活躍してくれるはずです。
鍵村葉月って『装神少女まとい』のゆまちんに似てますよね。